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『「戦争」の心理学:人間における戦闘のメカニズム』(デーヴ・グロスマン&ローレン・W・クリステンセン、二見書房)

「戦争」の心理学:人間における戦闘のメカニズム』(デーヴ・グロスマン&ローレン・W・クリステンセン著、安原和見訳、二見書房、二〇〇八年)

読了。


マッチョな本だと思う。

訳者あとがきにも記されているように、グロスマンの前著『戦争における「人殺し」の心理学』では、「兵士は(意外と)人を殺せない」ということがテーマになっていた。

第二次世界大戦時には、わずか15〜20%の兵士しか、敵に向かって発砲していなかったのである。
それくらい、人は本来、他人を攻撃することをためらう生きものなのだ。

戦争を指揮している偉い人はそれでは困るので、なんとかして発砲率を上げようとした。
行動主義の心理学などを応用した訓練が行なわれた結果、ベトナムでは発砲率は90%を超えるまでとなった。

「よかった、これで我が軍の兵士たちは勇敢に戦うことができる」

と政治家や軍の将校は思ったかもしれない。

けれども、発砲率の上昇(つまり、兵士がより多くの敵を殺せるようになること)は、深刻な副作用をもたらし、兵士の(PTSDをはじめとした)精神的な失調が増えることとなった。

第二次世界大戦と朝鮮戦争では、戦闘によって命を落とした兵士よりも、精神的外傷のために前線を脱落した兵士の方が多かった。第二次世界大戦でも、50万人を超える兵士が精神衰弱のために脱落したといわれている。

戦闘が昼も夜も続く状況に何ヶ月もさらされるというのは、20世紀に特有の現象で(それまでは夜戦はめったになかった)、そのために精神的なダメージが大きくなったのだという。たとえば、ノルマンディ上陸作戦では「後方」というものが存在せず、絶え間ない戦闘が2ヶ月間続いた。戦闘が60日〜90日昼夜続くと、兵士の98%がメンタルに壊れてしまうのだという。

グロスマンの関心は「人を殺しても精神を病まない兵士を育てるにはどうしたらいいか」というところに向く。

本書では、まず、戦闘という極度のストレス状態で、人間の心と身体にどんな反応が生じるのかということが詳しく論じられている。

生理的覚醒・興奮の度合いは、心拍数の増加や運動能力の低下などと関連して、「白の状態」「黄の状態」「赤の状態」「灰の状態」「黒の状態」と名づけられている。

心拍数が1分間に115回〜145回になる「赤の状態」は、瞬間的な認識や反応、運動能力などが向上し、戦闘には最適なレベルだが、微細な運動能力は低下する。
腹が立って仕方がないときに、折り紙を折るというような細かな作業はできなくなるものなのだ(そうか、だったらアンガーマネジメントの方法として「腹が立ったら鶴を折る」なんてのもありかもしれない)。だからこそ、銃器の操作のような複雑な作業は、繰り返し訓練して身体に覚え込まさなければならない。

それよりさらに生理的に覚醒する「灰の状態」や「黒の状態」になると、時間感覚が麻痺し、周辺視野は消失し、頭は働かなくなる。視覚も聴覚も、生存に本当に必要なものだけに限られるのだ。この状況になると大小便の失禁も一般的なことだという。

そして、これが生理的な反応であるならば、学習や訓練によって常に「戦闘に適切な」レベルの覚醒水準を保つことができればいい。そうすれば、戦闘後のPTSDの発症も抑えることが可能だろう。

こう、グロスマンらは考える。

古代ギリシアの軍隊指揮官の手紙が引用されていた。
送り込まれた兵士のうち、一〇〇人に一〇人は足手まといです。八〇人は標的になっているだけです。九人はまともな兵士で、戦争をするのはこの九人です。残りのひとりですか。これは戦士です。このひとりがほかの者を連れて帰ってくるのです。p.303
現代の心理学や生理学の知識を活用すれば、「戦士」を増やすことができるだろうというわけだ。

本書には、羊と狼、そして牧羊犬というたとえが繰り返し登場する。

あるベトナムの退役兵の言葉に由来しているという。

「社会の成員はほとんどが羊なんだ。温和でやさしい生産的な人間で、事故でも起こさないかぎり人を傷つけることはない」

私たちの多くは、羊だろう。
戦争のような極端なストレス状況に置かれると、容易に混乱し、傷つき、損なわれてしまう。グロスマンが前著『戦争における「人殺し」の心理学』で論じていたように、多くの人間は同胞を殺すことをひどく嫌悪する。

一方で、「情け容赦なく羊を食い物にする」狼がいるという。

羊たちは、普段は狼の存在など忘れているし、否認すらしている。

何かが起こったとき、羊を守るのは「牧羊犬」の役割だ。
兵士や警察官は牧羊犬として「羊の群れを守り、狼と戦うために生きている」。

(狼を悪役の代名詞として用いるのは、西洋の悪い伝統だと思うけれど)

そして、グロスマンはこう述べる。
戦闘は多くの死をもたらし、多くの破壊をもたらす。それだけでもうたくさんだ。戦闘経験のために、終わったあとまで自分を苦しめるのは狂気の沙汰である。年齢が高くなればなるほど、この合理化は容易になりやすい。人生経験を積んで精神的に成熟しているなら、それが助けになる。しかしなにより重要なのは、精神的に備えをすませておくことだ。前もって戦士精神を身につけ、心に防弾服をまとうことである。p.289
心理学や生理学の知識、戦術的呼吸法(1)のようなストレス対処法、さまざまな戦闘シミュレーション(2)といったものが、この「心の防弾服」となるのだという。

グロスマンの言う「合理化」や「戦士精神」は、ほとんど「信念」や「信仰」に近いものさえ感じさせる。
なんらかの「正義」を信じているからこそ、恐怖を克服し、戦いに挑むことができるということなのだろう。
他方では、911のテロリストや神風特攻隊を「狂信的」と断じているあたりは、グロスマンの主張にも、矛盾を感じるところがある。

立場や文化が違えば、「正義」もまた異なるというような視点は、戦闘にはあまり役に立たないのかもしれない。

また、PTSDに関して、「PTSDは癌というより、太りすぎのようなものだ」(p.480)と述べて(重症の患者がいることを否定はしていないが)いるが、これも先に論じていたことと矛盾してやしないかと思った。

戦争の心理学


(1)戦術的呼吸法(tactical breathing):コンバット・ブリージングとも。警察官や兵士が、銃撃戦などの高いストレス状況下で、身体反応や判断力を取り戻すための呼吸法。鼻から4秒吸う、4秒止める、4秒口から吐く、4秒止める、という4カウント法などがよく用いられている。

(2)戦闘シミュレーション:以前は、「ダックハント」という任天堂のカモ狩りのシューティングゲームが多目的戦闘シミュレーターとして訓練に用いられていたらしい。ほんまかいな。暴力的なゲームが、青少年の暴力的行動に与える影響についても、本書で詳しく論じられていた。


デーヴ・グロスマン中佐、こんな感じの人らしい。軍人さんらしいですね。



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