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田中泯+松岡正剛『意身伝心 コトバとカラダのお作法』

田中泯、松岡正剛『意身伝心 コトバとカラダのお作法』春秋社、二〇一三年

読了。

ダンサーの田中泯さんと、編集者(?)の松岡正剛さんの対談本。

このお二人のくぐってきたであろう濃厚な時間のことを知らないので、正直何を話しているかよく分からないところもあるのだけれど、読んでいてドキドキしてくるようなコトバの(たぶんそれだけじゃない)やりとりが伝わってくる。

たくさん付箋がついたので、いくつか抜き書き。
一つの音だけで、うーーーって何十分も声を出し続けてみる。これだけですごいトレーニングになりますよ。たった一音を出し続けて、そのときに自分のカラダはどういう状態になるかを感じる。
やってみよう。いろんな「うーーーーっ」がありそうだ。
ぼくが裸体で踊っていたときは、それだけで話題になったりしましたが、でもそれが自信になるなんてことは全然なかった。むしろぼくは自信というところから踊りが踊れるはずはないと思っていたし、自信がない方がおもしろいと思ってきた。いまでもそうですよ。解き放れたいとも思っていないし、リラックスしようがカチカチになってしまおうがかまわない。どちらがよいかなんてことをつべこべ考える必要もない。
「自分」がないところから踊りを踊る、ということでもあるのかな。
自信のなさとか、失望とかそういうものを抱えているほうがおもしろいですよ。「ああ、これは香ばしい失望だよな」といったところにふっと出て行く。
「香ばしい」って、こういうふうに使うといいのか。「香ばしい絶望」とか「香ばしい失恋」とか。
日本では「狂ふ」とか「ただ狂へ」とあれば、ゆっくりスピニング・ダンスをすることだったんです。「をどる」はジャンピング・ダンス。「舞ふ」は座り位置や立ち位置から動き出すことですね。
狂うというのは、くるくる回るということに由来しているのだろうか。くるくるパーとかくるくるQ(Qが大事って言った先生がおられた) にも、回転運動が入っている。踊りというのは、トランス(忘我)と関わりが深そうだから、そもそも「狂気」とずいぶん近い営みなのかもしれない。「踊る」と「舞う」の違いってなんだろう。
 変わらずに存在する中心ではなくて、中心はたえず偏在している。会話というのもそうですよね。中心と中心が交わしているんじゃなくて、そのあいだに会話が積みあがっていく。あるいは陳列されていく。それは言ってみれば、生命活動そのものでもある。
ここで言われている「中心」を「自我」とか「主体」と言い換えてもよいかもしれない。自我と自我が会話したり、踊っているのではなくて、あいだになにかが動いている。
見てくれた人が自分の表現を始めることによって、やっと踊りになる。だから、動いている人だけじゃなくて、見ている人も実はダンサーなんですよ。これは土方さんの言い方ですけど、踊りというのは、そのあいだに産まれていくんです。そうやって何もかもが動いているなかで、カラダが触れたり離れたりしていることが踊りであって、それが身体気象なんです。
男性的なものは先端性だと思うんですよ、フラジャイルなものもストロングなものも、先っぽ型だと思う。何かつねに桟橋や橋のぎりぎりのところ、ペニスの先のところ、目の先のところというような先端性に何かが出る。これに対して女性的なもの、たとえば女性たちの才能なんかを見ていると、内奥を感じる。
かつて読んだ『フラジャイル』はとっても刺激的な本でした。
踊りって所有できないものですよね。「私の踊り」という言い方をすることもあるけれど、踊っているそばからそれはもう空間のものになり、人のものになっていく。
たとえば、「命」というものが女性の体から産まれてくるという驚きとともに「踊り」が生まれてきたんじゃないか。おそらくそこに何かきっかけがあってコトバが出てきたんだろうと思うんです。そして踊りはおそらくコトバの出現を待ちに待っていたんじゃないか。そうして踊りが生まれコトバが生まれると、次に演劇というものが生まれてくる。
海を見て驚いて「うーみー!」とか言ったから「海」というコトバができた的な?  いや、身振り手振りや踊りが先にあったというのはそのとおりではないだろうか。
「存在感」というものは、存在しているということだけじゃない。ということは、見えてはいないけれども、何かがぼくの中でうごめいているから、それを感じるということと同時に、あなたにも何か合点するものが内側にうごめいているから、それがつながって「存在感を感じる」というふうに考えられませんか。
カール・ロジャーズのいう「プレゼンス」も、こういうことなんだでしょうね。うごめいているものとうごめいているものが共鳴しあうような感覚。


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