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『帰還兵はなぜ自殺するのか』(デイヴィッド・フィンケル、亜紀書房)

対テロ戦争

2001年の9・11の同時多発テロの後、アメリカは「対テロ戦争」としてアフガニスタンに侵攻した。

その後、大量破壊兵器を隠し持っているという理由でイラクを攻めたのが2003年3月だった。

戦地で戦った兵士の多くは、貧しくて若い志願兵だった。

ジョージ・W・ブッシュ前大統領によりはじめられたこの戦争は2010年8月のオバマ大統領の「戦闘終結宣言」で、ひとつの区切り目を迎える。


帰還兵はなぜ自殺するのか


帰還兵の自殺とPTSD

ところが、アフガニスタンとイラクに派兵された200万人の兵士のうち、50万人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)とTBI(外傷性脳損傷)で苦しんでおり、毎年240名以上の帰還兵が自殺で死んでいるということが明らかになってきた。

デイヴィッド・フィンケルの『帰還兵はなぜ自殺するのか』(現代は"Thank you for your service" あなた方の奉仕に感謝する)では、イラク・アフガン戦争からの帰還後、「壊れてしまった」兵士とその家族について描かれている。

疫学的には、「自殺による死亡1例に対し,約25例の自殺企図がある」とのデータがあるので()、240人自殺しているということは単純に計算しても年間6000名の帰還兵が自殺を試みていると考えられるし、それ以上の人が、希死念虜やPTSD症状に苦しんでいるのだろう。

戦争における「人殺し」の心理学

ずいぶん前に読んだっきりなので記憶は少し曖昧だけど、『戦争における「人殺し」の心理学』(デーヴ・グロスマン、ちくま学芸文庫)によると、兵士の「発砲率」が工夫によって高まれば高まるほど、その後のメンタルな障害も大きくなるという。

ベトナム戦争におもむいた若い兵士は、さまざまな心理学スキルによって反射的に引き金を引くように訓練されていた。映画『フルメタルジャケット』で描かれていたように、兵士は叱責や罵倒、体罰によって、非人間化され、同時に殺すべき「敵」も「人間ではないもの」と教えこまれていく。

グロスマンの著書によると、ベトナム戦争における発砲率は、それ以前の戦争と比べると相当に向上した(心理学の研究が活用された)。兵士は敵を見ると反射的に引き金を引き、殺傷することができるようになった。言わば、優秀な「戦闘マシン」になったということだ。
こうしたトレーニングや、ゲリラ戦を中心とする戦闘の特異性、帰国後の国の人々の拒否、そういった要因によって、帰還兵がメンタルに失調することが増えてきた。

戦争トラウマと家族への影響

「戦争神経症」や「シェルショック」について知られるようになったのは、第一次世界大戦の後だった。

近代兵器の発展によってより兵士がトラウマを負うことが多くなったのかもしれないし、あるいはそれまでは兵士個人のトラウマになど注目されなかったということなのかもしれない。

日中戦争のとき、日本兵には戦争神経症になるような「軟弱な兵士」はいっさいいないというのが公式見解だったらしいが、その後の調査では戦後70年経っても重いPTSDに苦しんでいる人が大勢いるという(封印された「戦争神経症」)。

ベトナム戦争と同じく、イラク戦争が置かれた政治的な状況や、戦場の特異性なども影響しているだろう。
イラク戦争で最悪なことのひとつが、明確な前線というものがなかったことだ。三百六十度のあらゆる場所が戦場だった。進むべき前線もなければ軍服姿の敵もおらず、予想できるパターンもなければ安心できる場所もなかった。兵士の中に頭がおかしくなる者が出たのはそのせいだった。
「テロ」や「ゲリラ攻撃」によっていつ自分や仲間が吹き飛ばされるか分からない、あるいは幼児を抱いたイラク兵を撃たざるを得ないといった状況は、人間のどこか大切な核のようなものを損なってしまうのだろう。

調査によれば、帰還兵の2割から3割にあたる人々が、PTSDやTBIを負っており、抑うつや不安、悪夢、記憶障害、人格変化、自殺願望などの障害があるという。

本書にはアダムとサスキアという夫婦が登場するのだが、妻のサスキアはこんなふうに言う。
「あの人はいまでもいい人よ」とサスキアは言う。「ただ、壊れてしまっただけ」
アダムは生後数日の息子を床に落としてしまう。謝ったかと思えば、突然怒り出して、暴力をふるう。物忘れが激しく、強い自殺願望を持っている。

夫を支えようと必死なサスキア自身の心の安定も失われていく。

時にアダムは銃口を自分に向ける。
「このいまいましい引き金を引けよ」彼女に向かって歩きながらアダムが言う。銃の台尻を彼女のほうに突き出す。いまそれは彼女の胃のあたりを押して、彼女を煽っている。「このいまいましい引き金を引けよ」アダムはわめく。そして驚いたことにサスキアは、自分がいかにそうしたいと思っているかがわかる。そのいまいましい引き金を引いて、彼の命を終わらせ、自分の悲惨な状況を終わらせ、そのあと壁を掃除し、何もかもをおしまいにする。ようやく終わりになるのだ。
ニックという名前の別の帰還兵は、悪夢やフラッシュバックのような幻覚に頻繁に襲われる。
悪夢を撃退する治療は効いていない。昨日の晩は、パトロールで小学校に入っていく夢を見た。イラクでやっていたことと同じだが、学校から人々を外に出そうとして中に入っていくと女の子ばかりのクラスだった。実際のイラクでは、女の子たちは悲鳴をあげているだけだったが、夢の中では女の子たちが悲鳴をあげ、俺はクラス全員を撃ち殺す。どういうことかわからない。こんな夢を見る自分に怒りを覚える。夢が止まらないことに怒りを覚える。昔の楽しい夢を見たいのに。

PTSDの認知処理療法

PTSDの治療として、薬物療法とともに、「認知処理療法」(Cognitive processing therapy)が取り上げられていた()。認知行動療法のひとつで、帰還兵や性暴力の被害者のPTSD治療に用いられている。本書では、次のように描かれていた。
これは治療のためのセッションで、一時間続く。典型的なものは、トピーカのセッションとよく似ていて、自分の日記を読み上げ、ほかの人とそのことについて話し合い、自分の身に何が起きたのかを考え、その問題を直視するというものだ。PTSDの患者のために使われてきたこうした治療プロトコルは、認知処理療法と呼ばれ、効果的なもののひとつと考えられているが、この一時間は楽なものではない。このセッションが終わると、ドアは殴りつけられ、家具は押しやられ、壁は修理を余儀なくされる。このセッションに参加すると、手がつけられないほど凶暴になる兵士が必ずひとりは出るからだ。
エクスポージャー(暴露)という側面があり、そうとう大変な治療となるようだ。セッションのリーダーは、繰り返し語ることによって「慣れ」ていくのだと説明しているが、そう簡単な道ではないだろう。

片手で貧しい若者たちを戦地に送り込みながら、もうひとつの手で「治療」しようとしている、そうした矛盾も、本書から読み取ることができる。陸軍の上官たちは、最新の治療施設について、「陸軍全体にとって、そして戦士とその家族にとっての勝利」だと演説するが、アダムはこう言う。
「すげえみごとな施設だよ」「だけど、どんなにきれいな包装紙で包もうが、クソはクソなんだよ」
立派な治療施設を作ってみても、戦争が続けば命を失い、心身を損なう帰還兵は増え続ける。


終わりのない罪悪感

邦訳のタイトルでもある「帰還兵はなぜ自殺するのか」という問いに明確な回答は与えられないが、著者のフィンケルは「終わりのない罪悪感」というもっとも簡単な答えがいちばん真実に近いのではないかと述べている。

訳者の「あとがき」にも書かれているが、日本もイラク支援のため、延べで約1万人の自衛隊員を派遣している。そして、イラクから帰還後に28人の自衛隊員が自殺しており、PTSDや睡眠障害、ストレス障害に苦しむ隊員は1割から3割にのぼるという。非戦闘地域での後方支援でさえそうなのだから、集団的自衛権によって前線で戦闘を行ったら、どれほどの影響が起こるのだろう。

今まさに国会で推し進められている法案が通れば、日本もアメリカと同じような根深い問題を抱え込むことになる。そしてそれは、貧しい人や若者に押しつけられていくだろう。

戦争が終わっても、抱え込んだ罪悪感には「終わりがない」。トラウマはいつまでも人や人間関係を損ない続け、傷つけ、命を奪おうとする。

日本にとっても非常に重要な今だからこそ、一読しておく価値のある本だと思う。

【関連記事】
『「戦争」の心理学:人間における戦闘のメカニズム』(デーヴ・グロスマン&ローレン・W・クリステンセン、二見書房)


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