「自閉症の人、方言話さない傾向」ってなんでやねん? 

7/31/2015

発達障害

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自閉症と方言

自閉症の人、方言話さない傾向 弘前大教授らが調査

という朝日新聞DIGITALの記事を読んだ。

The sea-god loves children's smiles.
isado

自閉症スペクトラム(ASD)は方言を話さない、という印象は教育や医療現場で共通している。確かにそのとおりだけど、これまでその「理由」をあんまり考えたことがなかったので興味深かった。
そうか、そういうのも研究になるのか。
というびっくり感も少し。昔、師匠筋の先生が「ニッチを探せ」と言っていたのを思い出した(もうひとつは「だからどうした "So what?"」という結果にならないようにとも教えられたのだった。「夫婦仲が悪いと離婚率が高い」とか、そういうだからどうした的な結論の論文が世の中にはけっこうあるんだと)。


この「方言」については、「研究結果は療育支援などに役立つ可能性がある」とのことなので、だからどうだという方向性が示されているみたいだ。

自閉症・アスペルガー症候群の方言使用についての特別支援学校教員による評定:―「自閉症はつがる弁をしゃべらない」という噂との関連で―

という2011年の論文が、方言と自閉症スペクトラムの関わりを研究したとっかかりらしい。
1)青森秋田ともに、ASDは、IDおよびTDに比べて方言使用が少ない、2)青森では回答者の36%が噂を知っており、52%がこの噂を肯定した、3)ASDと知的障害の方言使用の差は、発音、イントネーション、および終助詞によるとされた、4)特別支援学校のASDの児童生徒は、つがる弁語彙および訛りの使用が少ないと判断された。
という結論。IDは知的障害、TDは定型発達を指している。


なぜ自閉症スペクトラムの人は方言を話さないのか

じゃあなんで自閉症スペクトラムの人は方言を話さない傾向があるの?
と聞きたくなる。

自閉症スペクトラム障害児・者の方言不使用についての理論的検討|弘前大学教育学部紀要 (109), 49-55, 2013-03

というのが次の研究ですね。

この論文によると、自閉症スペクトラムの子どもは、定型発達児や知的障害児童と比べて、方言を使うことも少ないし、そもそも語彙の使用も少ないという。

語彙の乏しさは、自閉症傾向の重さとも関係していると思うのだけど。

より自閉傾向が強い人は、あんまりしゃべらないだろうし、高知能でアスペ傾向が強い人は、逆によく話すし、語彙も多いだろう。

ええと、この結果について5つの解釈の可能性が検討されている。
  1. 音韻・プロソディ障害説(表出性障害、受容性障害)
  2. 終助詞意味理解不全説
  3. パラ言語理解不全説
  4. メディア媒体学習説
  5. 方言の社会的機能説
アブストラクトだけじゃなんのこっちゃわからへんな。

1の「プロソディ障害」というのは、ブローカ型の失語症に見られる、発話のリズムや抑揚が不自然になる症状を指している。イントネーションが単調だったり、アクセントの置き方がなんか変わっているといったこと。「方言」ちゅうのはいうてみたらいんとねいしょんとあくせんとが大きいわけやから、この「音韻・ぷろそでぃ障害」があると方言に聞こえへんちゅうわけかな。

2の「終助詞」てえのは、
助詞の種類の一。種々の語に付き、文の終わりにあってその文を完結させ、希望・禁止・詠嘆・感動・強意などの意を添える助詞。現代語では、「か(かい)」「かしら」「な」「ぞ」「ぜ」「とも」「の」「わ」「や」など。「コトバンク
とのことじゃけん、これの意味がうまく理解できんということは、話しとることのニュアンスがようわからんてことか。

パラ言語理解不全というのはなんじゃろ。
これも、リズムやイントネーションや声の調子で、なんとなく意味合いを伝える言語の周辺的な側面を指している言葉のようだ。

4のメディア媒体学習というのは、たぶん、自閉症スペクトラムの人は、同じ年代の友だちなどとの関わりから言葉を学ぶよりも、テレビなどから学ぶことが多いから、共通語になるという意味合いだと思われる。

この1から4の解釈では、「ASD でみられた方言の音声的特徴および方言語彙の不使用を十分に説明することができなかった」のだという。

5番の「方言の社会的機能説」とは、要するに方言を使うと同郷の人たちとの連携意識・集団への帰属意識が強まるということだ。同じ言葉を使ってると、それだけで仲間意識が芽生えるという傾向。

ASDの人は、対人関係や社会性に障害があるため、こうした集団への連携意識や帰属意識を持ちにくい。だから、周囲の人たちとの連携意識を持つために方言を使おう、というような発想が乏しいのだろうということ。

海外の研究でも同じようなことが調査されてた。

Perception of dialect variation by young adults with high-functioning autism.

では、高機能自閉症者に方言を見分けるようなテストをしたら、対照群と比べて成績がよろしくなかったという調査結果が提示されている(んだと思う。要約だけナナメヨミ)。

なんて書きつつ、自分の方言はどれがネイティブなのかがよく分からなくなってずいぶんになるぞと思った。
それだけ、集団への連携意識や帰属意識がもててないんだろか。

なんてことを考えると、たとえばサイコロジストならサイコロジストの「専門用語」って、連携意識や帰属意識を持つためだけの「方言」や「ジャーゴン(隠語)」になってやしないか、といった発想が浮かぶ。

大学時代に、関東の大学生たちと交流する機会があったのだけれど、関東弁の男子たちに妙にむかついた覚えがあんねん。
なんでかわからんけどな、「そうだよねー」なんて言われるといちいち「なんやそれ! かっこつけんなや!」と文句を言いたくなった。

けど関東弁の女子たちには妙に可愛いと感じた覚えもあるなあ。「そうだよねー」なんて言われるといちいち「うわかわいい!」と胸がきゅんとしたものだった。

人間、わがままなものだと思う。

出身地鑑定!! 方言チャート

というのもメモしておきます。


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