リストカットの原因と対応-自傷の意味と心理に関する新しい視点

8/02/2015

映画 自殺 自傷 精神医学

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アイドルグループ「エンタの時間」の白石さくらという子(知らないけど)が公演中にリストカットして解雇されたり、リストカットの痕っぽく「病みかわいい」感じ(ってなんだ)にデザインされたというバングルーーリスカバングルというんだってーーが非難を受けたなど、リストカットの話題をときどきネットで見かける。



病みかわいい」というのがどういう感じか今ひとつぴんとこないが、リストカットをはじめとする自傷行為が、人目に触れないように隠すことではなくてアイデンティティやキャラになっている人も増えてきているようだ。


リスとトウモロコシ
写真は本文と関係ありません。

思春期の若者の10%前後に自傷行為が見られるという報告もあり、リストカットやアームカットが一種のサブカルチャーとしてあつかわれるほどに一般化してきたということのようだ。
しかし、境界性パーソナリティ障害(BPD)や摂食障害などの精神疾患が背景にあることも多い。

自傷の原因と心理

自傷行為の原因や心理についてはこれまでもいろいろなことが言われてきた。
  • 自殺の試みとして
  • ストレスを身体的な痛みに置き換えるため
  • 現実から解離するため
  • 逆に、離人感や解離をやわらげるため
  • 自分を罰する行為として
  • 感情のコントロールのため
  • 怒りをぶつける
  • 誰かに助けてほしい
多くの場合は、「死のうとして」というより「生きるため」の、あるいは自己治療の試みなのだろう。「切る」ことが、現実のつらさから解離する(心を切り離す)ために用いられることもあれば、逆に現実感の乏しい解離した状態からリアルさを取り戻すために使われることもある。

自傷行為は10代、20代の若者に見られることが多く、思春期・青年期を経過するなかで自然となくなっていくこともよくある。

しかし、自傷行為で救急搬送された人の半数くらいは、「自殺」を意図していたとのことで、また、長期的にみると自殺の危険をかなり高めるという調査結果もある。

自傷行為についての新しい視点

A new look at self-injury|Monitor on Psychology

最近アメリカ心理学会のサイトに掲載された記事では、自傷行為の意味についての新しい視点が紹介されていた。

自殺を意図しているのではない自傷(non-suicidal self-injury:NSSI)が、不安や怒りなどのネガティブな感情を扱いやすくしてくれるという意味をもっているのは確かだが、ハーバード大学のふたりの研究者が従来とは違った理由を提示している。

自傷行為の後で「気分がよくなった」と報告する人は多い。研究者のひとり Joseph Franklin が行った実験では、自傷が実際に気分を改善することが確かめられたのだという(実験でリストカットさせるわけにはいかないので、氷水に手を漬けるという行動で確かめたらしい)。

驚くことに、健康なコントロール群の人たちも、自傷する人と同じくらいの心理的解放が示されたんだという。要するに、誰であっても、ショッキングな刺激の後で感情が改善するという傾向があるんだと分かったということ。


pain
Steven Depolo
これは、すでに70年前に心理学者によって「痛みで相殺される緩和(pain offset relief)」と呼ばれていた現象と同じらしい。痛み刺激が取り除かれると、刺激が与えられる前の状態に戻るのではなく、短時間だが強いユーフォリア(多幸的)状態に導かれるという現象だ。


自傷する人たちは、痛みの後の多幸的な感覚を無意識のうちに学習していると考えられるのだという。最初の自傷は不快な痛みを経験する。しかし何度も繰り返していると、痛みによる緩和が生じて、自傷は緩和と結びつき、さらに繰り返されるというわけ。


どうして私たちの多くは自傷をしないのか?

じゃあどうして私たちの多くは自傷をしないのか? 自傷する人が、映画を観たり友だちと会ったりヨガをしたりといったもっと健康的な方法で苦痛をやわらげるのではなく、自分を傷つけるという方法を選ぶのはなぜなんだろう? もうひとりの研究者 Jill Hooley は、自傷の心理的に説明しようと考えた。

自傷する人たちは、身体的な痛みにより長い間、耐えることができる。でもそれはなぜだろう? と Hooley は思案した。

彼らの多くが、自分のことを「悪い」とか「欠陥品だ」とか「罰を受けなきゃいけない」と見ていること、つまりネガティブな自己イメージと痛みの体験が関連しているのではないか。

そう仮定して実験を行ったところ、やはりネガティブな自己信念をもっている人ほど、痛みに長く耐えることができたという。

Franklin らの行った別の実験では、"me" "myself" そして "I"といった単語の好き嫌いを10点満点で評定してもらった。ほとんどの人々は7点から8点をつけたが、自傷する人たちは2~3点が平均だった。


自傷への対処と治療へのヒント

こうした発見を自傷行為への対処や治療につなげるには、どうしたらいだろうか?

自己価値観を高める

自己価値観が自傷に影響していることから、研究者は認知面の介入を試みている。「自分は悪い存在だ」というビリーフが自傷と関連しているのだったら、そうしたネガティブな自己イメージを変化させる手伝いをすればいい。


self esteem
Kiran Foster

2014年の論文で、Hooly さんたちが試みた実験は、次のような感じのものだった(Clinical Psychological Science

被験者の、自己価値感を高めるような5分間の介入を行なうんだけど、できるだけ本当っぽくというか、リアルに「私も捨てたもんじゃないかも」と感じてもらうのがポイントなんだろう。

Hooly さんの研究チームは、NSSI(自殺を意図してない自傷する人たち)とコントロール群の人たちに、自分をもっとも適切に表現するポジティブな特徴をリストから選んでもらった。そして、それらをできるだけ詳細に、実例を挙げて、描写してもらったのだそうだ。

この介入の前後に、研究者たちは被験者の痛みへの耐性を調べた。万力みたいな装置で被験者の指をはさんだということなので、けっこう痛そうですな(認知的効果と比較するために、NSSIとコントロール群ともに”ハッピーな音楽”を流すという介入もしている)。

自分のポジティブな特徴を描写すると、自傷する人は最初と比べて痛みに半分の時間しか耐えることができなかった。

つまり、自己価値観が高まれば高まるほど、痛みを感じる状況に耐えられなくなっていったのだという。

自傷している人たちは、痛みを避けなきゃいけないとなかなか思わない。逆に、痛ければ痛いほど、自分は悪くて損なわれた人間だという感じを確かにしてしまう。

自己価値感が増せば増すほど、こんな傾向はなくなっていく。自分の価値を感じればそれだけ、悪い状況に自分を置かなくなるのだ。うんぬんかんぬんで、この研究はまだレビューの途中だけど、自分に関係した言葉とNSSI関連のイメージを変化させることは、効果的な治療になりうるだろうって。

リストカットに気づいた場合の対応の基本

リストカット―自傷行為をのりこえる (講談社現代新書) 』という著書もある精神科医の林直樹先生は、家族や教師などの若者の周囲の人が、自傷に気づいたときの対応について次のように述べている()。
  1. 相手が自傷行為をしていることから目をそむけない。
  2. まず傷の手当をし、それを通じて体を大切にすることを伝える。
  3. 心配していることを本人に伝え、援助する姿勢を示す。
  4. 援助者はひとりで抱え込まないでだれかに相談する。
同じく精神科医の斎藤環先生は、twitterでこんな風に書いていた。
「いのちを大切にしなきゃ」とか「リストカットなんてしちゃだめだ」と諭すと、「いのちを大切にできない悪い自分」「リストカットがやめられないダメな私」と 本人の自己価値観はさらに低下してしまう。それは当然のことながら、自傷をかえって増やす結果につながるだろう。

自傷・リストカットを扱った映画

自傷やリストカットを扱った映画をいくつか紹介してみる。

終わらない青 』は、父親から虐待を受け、うつっぽい母親からは無視される女子高生が主人公の映画。学校では優等生を演じているが、リストカットすることでなんとかバランスを保とうとしている。

映画『終わらない青』公式サイト


アントキノイノチ』は、さだまさし原作の映画。
親友を”殺した“ことがきっかけで心を閉ざした青年・杏平は、遺品整理業の現場で働き始め、そこで出会ったアルバイトのゆきと次第に心を通わせていく。しかしある日、ゆきは衝撃的な過去を杏平に告げ、姿を消してしまう。心に深い傷を抱えた2人はどこへ辿りつくのか。
といったストーリー()。どうしてもアントニオ猪木を連想してしまうタイトルだ。



ウィノナ・ライダーが主演した『17歳のカルテ』は、境界性パーソナリティ障害の少女をテーマにした映画だった。

【参考】
松本俊彦さん 「自傷」患者への助言(1)なぜ自分を傷つける?


自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント

自傷・自殺する子どもたち (子どものこころの発達を知るシリーズ)

学校における自傷予防―『自傷のサイン』プログラム実施マニュアル


自傷行為治療ガイド

リストカット―自傷行為をのりこえる (講談社現代新書)

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心理学(臨床心理学中心)と関連領域についての覚書です。


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