選択の実験

人間、生きているとさまざまなことを選択する機会がある。人生は選択の積み重ねだと言ってもよい。「あのときあの子とつきあっておけば」とか「やはり天職しておけばよかった」などと、過去の選択について後悔したことがある人は多いだろう。あるいは、あなたは今まさに何かを選択しなくてはいけない状況にいて、どちらにすべきか迷っているかもしれない。「選択」あるいは「選び直す」ということに関する実験と、選択を迷わせる私たちの心の癖について紹介する。




ひとつ実験してみよう。

ここにA、B、Cという三枚の封が閉じられた封筒がある。そのうち一枚だけに1000円札が入っている。
これからあなたに一枚だけ封筒を選んでもらいたい。
もし見事1000円入りの封筒を選んだら、その1000円はあなたのものだ。

さあ、どれを選ぶか決めてほしい。

選びましたか?

よろしい。

さて、残りの二枚の封筒から一枚を私が開けてみよう。

びりびり。

この封筒は空っぽですね。

さて、今、未開封の封筒は私の手元に一枚、あなたの手元に一枚ある。

もう一度チャンスをあげるので、最初に選んだ封筒とは別のものにするか、それとも最初のままにするかを決めてほしい。

さて、どうする?


これは、

『青い象のことだけは考えないで! 思考を上手に操作する方法』

という本で紹介されていた思考実験。


ほとんどの人が、最初に選んだ封筒のままにするという。

みな「最初の選択が正しい」と考えるようにできているらしいのだ。

統計的には、正しい答えは「決断を変えた方がいい」ということになる。
最初と違う封筒を選んだ場合、当たる確率は倍になる。
最初の選択のときは、勝率は三分の一だ。
しかし二度目の選択では三分の二になる。
(実験では、検査者は「どれが空の封筒かを知っていて、わざと空の方を開けてみせるのだという)

人間、自分の行動や選択にはある程度一貫性を持ちたがるもので、「考えを変える」ということは難しいものなのかもしれない。
あるいは、自由意思で選択しているつもりでも、状況によって「選ばされている」だけだとも言えるのだ。

このトリックは、もともとモンティ・ホールが司会をしていたアメリカのゲームショー番組で行われたゲームに由来している。

モンティ・ホール問題

Monty Hall(1921-)

テレビ番組では、封筒ではなくて三つのドアが使われた。そのうち一つのドアの後ろにだけ、景品が置かれている。後の二つのドアを開けると、ヤギが顔を出すという(はずれを意味しているらしいが、なぜヤギなのかは不明)。
最初に、プレイヤーがドアを選択するが、ドアはまだ開けない。
次に答えを知っているモンティが残りのドアのうち、外れの方を開けてみせる(ヤギが顔を出す。メエ)。
プレイヤーは、ドアの選択を変えてもいいよとモンティから告げられる。

封筒と同じく正解は「ドアを変更する」なのだが、1990年にある雑誌の質問コーナーでマリリン・ボス・サバントという作家・コラムニスト(この人はIQ228ということでギネスブックにも掲載されている)が、「ドアを変更した方が景品を当てる確率は2倍になる」と回答したところ、「彼女の回答は間違っている」と一万通近い投書が届いたそうだ。

数学者なども巻き込んでの喧々諤々の論争となり、コンピューターによるシミュレーションなども行われたうえで、最終的にはサバントの回答が正しいことが明らかになったという。

詳しくは
Wikipediaのモンティ・ホール問題
を参照のこと。

認知的一貫性理論(cognitive consistency theory)


社会心理学では態度は「感情」「認知」「行動」の三つの要素から成り立つと考えられている。認知的一貫性理論(cognitive consistency theory)とは、人の態度に関する理論で、感情、認知、行動は一貫する傾向を持つということ。

人は、自分の態度に矛盾が生じないように、この三つを一貫させようとする。

一枚の封筒を選択したという「行動」は、この封筒が正解だという「認知」を保持しようとする。

封筒を選ぶのだと感情は入ってきにくいかもしれないが、たとえば配偶者の選択。

一度「結婚」という選択(行動)をしたら、「この結婚は正しい」と認知するし、「相手のこともまあそれなりに好きなんだろう」という感情を抱く傾向がある、ということ。
はたからは明らかにうまくいっていないように見える夫婦やカップルがいつまでも別れないのも、この認知的一貫性理論から説明できるだろう。

人生の選択に関する名言


人は何事かをなせば必ず悔恨はつきまとう。そうかといって何事もなさざれば、これまた悔恨となる。亀井勝一郎
明治生まれの文芸評論家の言葉。
最も重要なのは、自分の心と直感を信じる勇気を持ちなさい。それはどういうわけかあなたが本当になりたいものをすでによく知っているのだから。それ以外のことは、全部二の次の意味しかない。スティーブ・ジョブズ
モンティ・ホール問題と違って、人生では「これ」と直感で思ったものを離さないのも大事なのだろう。
遅すぎる決断というのは 決断をしないに等しい。孫正義
迷った時はね、どっちが正しいかなんて考えちゃダメ。どっちが楽しいかで決めなさい。金子シャロン(『宇宙兄弟』)
どっちが楽しいかという「感情」で決めると、「認知」と「行動」も一貫してくる、か。
迷ったら失敗する可能性が高い方、自分がだめになる方を選べ。岡本太郎
積極的にヤギを引け、という意見。