てんかんと自動車事故と報道について

8/19/2015

精神医学

t f B! P L
今月16日、東京の池袋で自動車が暴走して歩行者が5人死傷するという痛ましい事故が起こった。
報道では、運転者はてんかんの治療を受けていたという。
てんかん発作がこのたびの事故の原因かどうかはまだ分からないが、こうした報道があると激しい「てんかんバッシング」が発生する。

2012年の京都祇園のワゴン車暴走事故でも、原因として運転者のてんかん発作が挙げられており、てんかんが重大な自動車事故を引き起こすといった印象が共有されているからだろう。

しかし実際には、てんかんと自動車事故にはどのような関係があるのだろうか?

日本てんかん協会による声明と要望書

日本てんかん協会は、このたびの事故とその後の報道を受けて、次のような声明を発表している。

8月16日に東京・池袋で起きた交通事故で、本日被疑者が書類送検されました。
この際、警視庁は事故原因との因果関係が不明であるにも関わらず、被疑者の持病についても記者発表を行いました。
その結果、当協会には全国からてんかんがあることへの不安の声とともに、てんかんを危険視する罵詈雑言も多数届いています。
このように、事故との因果関係が明らかにならない時点での病名公表は、憶測を呼び病気に対する偏見をいたずらに助長します。今回の情報公開と事故報道が、新たにてんかんのある人への誤解や偏見を助長することにつながると、協会は深く憂慮しています。

そして、警視庁宛に要望書が出されている。
要望の内容は、
「事故・事件の原因と病気やその症状に明らかな因果関係が証明されない段階で、てんかんなどの病名を安易に公表しないでください」という内容で、非常に妥当なものだと思う。


こちらは、「てんかんのある人の運転免許取得・更新について」というポスター。
同じく日本てんかん協会の「てんかんと自動車運転」というページに添付されている。

以前は、てんかんや精神疾患をもった人は車を運転してはいけないという法律があったが、差別や人権侵害をまねくとして、運転に支障がないと医師が診断すれば運転免許が与えられるように2002年に改訂された。
運転免許に関する欠格条項問題

現在では、幻覚を伴う精神病や意識喪失発作、睡眠発作、アルコールや薬物中毒をもっていると、道路交通法施行令によって免許取得が制限されているが、「○○病だから」といった病名による欠格条項はなくなった。

その後、2011年の鹿沼市でのクレーン車事故や、先ほども挙げた祇園の暴走事故を契機に、「改正道路交通法(改正道交法)」と「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転死傷処罰法)」の2つの法律が施行されている。

心と社会 No.158「差別法(欠格条項)から平等法へ障害と法律─自動車運転関連法規をめぐって」(風祭元)では、次のように書かれていた。
自動車運転は免許試験合格が条件になる精密機器の操縦であり、運転ミスは大きな事故につながる可能性がある。したがって事故を起こす可能性の大きい障害を持つものが、法律によって一定の制限を課せられるのはやむを得ないことであるが、特定の疾患を絶対的欠格として排除するのは、障害者の社会参加を最初から排除することになり好ましくない。それぞれの法規の内容に沿った合理的条件が明記された相対的欠格条項とされることが望ましい。
差別やレッテル張りではなく、病状と運転適正を合理的に判断した上で、運用することが望ましいという意見だ。

てんかんと自動車事故の関連に関する研究

大きな事故が起こり、てんかんとの関連で報道されると、「やはり危険なのでは」と思ってしまうが、実際のところはどうなんだろう?

【池袋暴走事故】てんかん患者の交通事故リスクは本当に高いのか? 最新研究は驚きの結果を示す

という記事では、「てんかん患者からは運転免許を剥奪すべき」「てんかん患者は事故予備軍」といった極端な意見に対して、次のような研究が紹介されていた。
研究グループは、世界最大級の医学文献データベース「PubMed」で1996年以降に発表された、てんかん患者と交通事故をテーマとする8件の研究について精査した。すると、そのうちの2件において、「てんかん患者の交通事故率は一般ドライバーよりも低い」ことが判明。もっとも3件においては、その逆を示していたものの、さらに残りの3件では、そもそも「てんかんの発作が原因である交通事故は2,800件につき1件」と稀であり、死亡事故の発生率を見れば、「他の疾患(糖尿病や心臓病など)に起因するものは26倍」、「アルコール中毒に起因するものは156倍も高い」ことが明らかになっている。
もとになった論文は下記。

Do drivers with epilepsy have higher rates of motor vehicle accidents than those without epilepsy?
Epilepsy & Behavior, Volume 47, June 2015, Pages 111-114
Puja Appasaheb Naik, Meghan Elizabeth Fleming, Padam Bhatia, Cynthia L. Harden

アブストラクトの結論だけ訳してみる。
てんかんをもつドライバーが自動車事故を起こす割合を一般と比較するとどう異なるかというエビデンスには矛盾があり、こうだという結論を出すことはできない。調査の方法論が研究によって大きく違っているため、はっきりとした結果を出すことができない。今後は、てんかんをもつドライバーによる自動車事故の主観的報告ではなく、より客観的な測定方法を用いた研究が行われるべきだ。また、自動車事故の割合を計算する際の分母として「走行距離」が用いられるべきだろう。
本文を読んでないので、最後の走行距離(miles driven)を使うべしというのがどういうことかよく分からない。
しかし、結論としては、てんかんと自動車事故の因果関係はまだはっきりしないので、より客観的な研究が求められるということだ。

改正道路交通法について

エビデンスとしてはまだはっきりしないのだとしても、事故をふせぐための手だてとてんかんをもつ人への配慮をどう両立させるかということを考えなくてはならない。

日本てんかん学会の「改正道路交通法に関する Q&A」という文書を読んでみる。
2014年の9月に出された文書だ。
道路交通法改正にともない、その運用が厳密になったことや罰則が設けられたことから、 会員の先生方から多くの質問が寄せられています。 最初に、てんかんに関する自動車運転の適性(運転適性)に関する運用基準を示します。 次いで代表的な質問に対する考え方をお示ししますのでご参照ください。
とのことなので、関係するお医者さんたちにとっても、なかなか難しい問題と捉えられているのだろう。

運用に関しては、基準や法律以前に以下の前提があるとのこと。今回の池袋の事故では、ひょっとするとこの前提に問題があったかもしれないことが報道からはうかがわれる(ただし、冒頭にも述べたようにまだはっきりとした原因や因果関係が分かったわけではない)。

  • 診断書は継続的に診察している主治医が記載すること。 
  • 患者が正しく発作状況を申告していること。
  • 服薬義務を守れること。

詳細はリンク先のQ&Aを見て欲しいが(お医者さん向けの文書だけど)、

  • 発作が過去5年以内に起こったことがなく、医師が「今後発作が起こるおそれがない」旨の診断を行なった場合(これはてんかんが完治した場合ということですね)
  • 発作が過去2年以内に起こったことがなく、医師が「今後、x年程度であれば、発作 が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合
  • 医師が、1年間の経過観察の後「発作が意識障害及び運動障害を伴わない単純部分発 作に限られ、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合 
  • 医師が、2年間の経過観察の後「発作が睡眠中に限って起こり、今後、症状の悪化の おそれがない」旨の診断を行った場合

などの場合には、自動車運転の適正があるとして、免許の取得を認めるといった内容。
また、6ヶ月保留して経過を見た上で、上記に該当していれば、運転適正があると認めるといった記述もある。

Q&Aから、「今後、x年程度であれば、発作が起こるおそれがない」と書くときの「x年」をどう判断するかについての回答を抜き書きしておく。
Q18 主治医の診断書で、2 年以上発作が抑制された場合の「x年」が書けない
A18 発作による事故とその他の要因による事故を比較してみます。警察庁の事故統計はす べて人身事故件数ですので、発作が 2 年抑制された後、人身事故が起こる確率を、ヨーロ ッパの統計をもとに計算してみます。発作が 2 年抑制された後の再発率は数%から 10%で す。運転中に起こった発作が事故につながる確率は高く見積もって 60%で、そのうち人身 事故は 12%とされています(ちなみに入院を要する事故は 3%、死亡事故は 0.5%)。ヨー ロッパの平均的ドライバーの運転時間は、休日を含めて 1 日平均 1 時間でした。2 年発作抑 制後の再発率を 10%とすると、2 年間の発作抑制後運転中に発作が起こり、その発作が人 身事故につながる確率は 0.1×0.6×0.12×1/24=0.003=0.03%と推定されます。
一方、過去 3 年間に 2 回人身事故を起こした人のうち、16.7%の人がその後 3 年間に人 身事故を起こしていました。
以上を参考に妥当と思われる年数を記載してください。てんかん学会法的問題検討委員 会は「x年」は 2~3 年が適当としています。

事故を防ぐためには

交通事故が起きると、もちろん被害者や遺族にとっては大きな不幸だし、加害者やその家族にとっても困難で苦しい状況になるだろう。また、てんかんが事故の要因だとされると、他のてんかんをもつ人たちにとっても大きな負担となる。

てんかん発作による意識障害に起因した自動車事故例の検討―本邦判例からみた運転者の刑事責任と現行法上の問題点について―

という論文を読んでみると、「多くの運転手は、医師から自動車運転を控えるように指導されていながらも、運転を続けていた」とのことで、そこに大きな問題があるのだろう。

医師やてんかん協会などの関係団体としては、上のポスターにも書いてあるように、「運転免許取得時・更新時の病状申告は、社会の一員としての責任です」といった啓蒙を続けていくことが必要だろう。

また、医学的に見て、運転適正があると判断された人の運転などを不必要に制限したり、差別的な扱いをしないといったことを知ってもらうのも重要になってくる。

正直に申告すると免許を取り上げられて仕事ができなくなる、不利益を被る、といったことから、虚偽の申告をすると、事故のリスクは高まる。病状によって運転できないとされた人に対する支援や、運転できないことで不利益を被らないような社会環境の整備も大切だと考えられる。

同じような問題は、たとえば認知症の高齢者と自動車運転などでも起こっているだろうし、根拠と合理的な判断に基づいたコンセンサスをこれから作っていかなくちゃいけないろころなのだろうと思った。

[参考]
動画で見るてんかん解説|てんかんinfo


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