ハロウィンということで、魔女や骸骨、ゾンビ、ドラキュラなどの姿でコスプレした子どもや大人(最近は大人の方が多いですね)が街を練り歩いているころでしょう。

欧米ではこのお祭りの時期、「怖い話」を皆でして盛り上がることもあるようです。
日本でも夏になると怪談をするのといっしょですね。

ホラーといえば、「呪いの館」というジャンルがあります。

旅の途中に道で迷った人(カップルとか)が、森の中の館に一晩の宿を乞う、というのが定番のストーリーの始まりです。
ちょっと不気味な顔をした主人が出てきて最初はびっくりするのだけど、夕食なんぞごちそうになったりして、「なんだ、意外といい人じゃない」「そうだね、ラッキーだったね」なんて言っていると夜中に恐怖の出来事が・・・

てな感じで物語は展開していきます。
いや、さすがにここまでベタな「呪いの館」ものはもうないかもしれないですが、クラシックなホラー映画では定番です。
パロディ映画ですが、『ロッキーホラーショー』もこの「呪いの館」モチーフが使われていました(また映画館で観たいな。かつて観たときは、コスプレしているファンがたくさんいました)。

進化心理学で解く「呪いの館はなぜ僕らをぞっとさせるのか」
Evolutionary psychology explains why haunted houses creep us out | the conversation

というエッセイでは、タイトル通り、「呪いの館」の怖さについて、進化心理学の視点から説明されていました。

心理学的な観点から見れば、恐怖の引き金となる呪いの家の作用は、「家」なんてものが存在するよりずっと以前から進化してきたのです。

こうした警戒信号は、隠された危険を警告して、私たちが注意深くふるまうようにしてくれるのです。

呪いの館が私たちをぞっとさせるのは、明らかな恐怖があるからではなく、むしろ恐怖の対象があるのかないのかはっきりしないからこそなのです。

生きものには、‘agent detection’ メカニズムというものがあって、何か動いたり、気配がしたときに、「何かが意図を持って行動しているのではないか」と推測するような能力があるのだ、ということがエッセイには書かれていました。

森の茂みの向こうでざわざわと音がしたら、人に限らず多くの生きものは、「何かがそこにいるんじゃないか」「ひょっとしたら自分を食べようとしているのかもしれないぞ」と警戒するようにできているのだということ。

なんでこういう警戒機能が進化してきたか、ということは明らかですね。

茂みの向こうに本当に熊や狼がいることだってあるので、多少、過剰反応かもしれなくても、鈍感であるよりは「何かいるかも」と感じる方が生き延びる可能性が高いのです。

「見られることなく見ることができる、食べられることなく食べることができる」場所を生きものは求めているので、ホラー映画に出てくるような人里離れた見慣れぬ館は、不安を喚起して、‘agent detection’ メカニズムが「何かいるかも」と感じさせるのです。

ポルターガイストとかラップ音現象なんてのも、そういう心理的な警戒が影響しているのでしょう。
いや、ほんとに霊が動かしている可能性を否定するものではないと思うけれど。