記憶は、私たちが自分自身や世界を認識するための土台です。しかし、その記憶が意図せず改ざんされたり、作り上げられたりするとしたらどうでしょうか?
まずは次の実験を試してみてください。
今回体験していただいた「虚偽記憶課題」は、私たちがどれほど簡単に、そして確信を持って「偽りの記憶」を作り出してしまうかを実感させる心理学実験です。
1. 体験した実験:DRMパラダイムの驚き
あなたが試した課題は、Deese–Roediger–McDermott(DRM)パラダイムと呼ばれる、記憶研究の古典的な手法です。
課題の仕組み(なぜ騙されるのか?)
DRMパラダイムでは、特定の中心的な概念(例:「眠り」)に強く関連する単語群(例:「ベッド、まくら、夢...」)のみを提示します。
人間は、単語を記憶する際、脳内で関連する概念のネットワークを活性化させます。この連想の広がりが、リストにはなかったはずの、最も関連性の高い単語(クリティカル・ルアー、決定的なおとり)までを強く認識させたのです。
そのため、テストで「眠り」を見たとき、あなたは「リストで確かに見た」という強い感覚(虚偽記憶)を抱き、高い確率で「はい」と答えてしまうのです。これは、あなたが不注意だったからではなく、記憶が構造化されている証拠なのです。
2. 日常と虚偽記憶:ロフタスの研究が示すもの
「虚偽記憶」が実験室の中だけの現象だと思うかもしれませんが、実は私たちの日常生活にも深く関わっています。この分野で最も有名な研究者の一人が、認知心理学者のエリザベス・ロフタス(Elizabeth Loftus)博士です。
誘導による「偽りの目撃証言」
ロフタス博士の画期的な研究は、特に目撃証言の信頼性に疑問を投げかけました。
有名な実験では、被験者に自動車事故の映像を見せ、「車がぶつかった(hit)ときの速度は?」と尋ねたグループと、「車が衝突した(smashed)ときの速度は?」と尋ねたグループとで、記憶が大きく変わることを示しました。「衝突した」と聞かされたグループの方が、実際よりも速い速度を報告しただけでなく、後から「割れたガラスを見た」という偽りの記憶まで報告したのです。
このように、質問の仕方(誤情報)によって、人々の記憶は容易に上書きされてしまうのです。
3. 心理学者の有名な虚偽記憶:ピアジェのエピソード
虚偽記憶の最も有名なエピソードの一つは、発達心理学の巨匠、ジャン・ピアジェ(Jean Piaget)のものです。
ピアジェは生涯、自身が2歳の頃に公園で誘拐されそうになったところを、家政婦が命がけで阻止してくれた、という鮮明な記憶を持っていました。彼はこの記憶を何度も語っていました。
しかし、彼が15歳のとき、その家政婦が病床で、この誘拐事件は実際には起こっておらず、彼女が雇い主に良い印象を与えるために作り上げた嘘だったと告白しました。
ピアジェは、この嘘を聞いた時、誘拐未遂の記憶がただの作り話だったと悟りました。このエピソードは、たとえ天才的な学者であっても、自分の鮮明な記憶が他者から植え付けられた虚偽である可能性があることを示しています。
4. 日常生活に潜む虚偽記憶の例
虚偽記憶は、ピアジェのようなドラマチックな形でなくても、頻繁に発生しています。
家族の武勇伝:親戚から何度も聞かされた、あなたが幼い頃に体験したエピソード。話を聞くうちに、まるで自分がその出来事を鮮明に「思い出し」、細部を付け足してしまう。
写真効果:実際には行かなかった旅行や、参加しなかったイベントの写真を見た後、自分もそこにいたかのような記憶ができてしまう。
夢と現実の混同:強烈な夢で体験したことを、数日後には現実の出来事だったと勘違いしてしまう。
エリザベス・ロフタス: 記憶が語るフィクション
まとめ
今回体験したDRM課題は、「記憶とはビデオテープの再生ではない」ことを示しています。私たちの記憶は、情報を編集し、ギャップを埋め、連想に基づいて再構築される、非常に柔軟で、それゆえに不確かなプロセスなのです。
あなたがもし虚偽記憶を報告したとしても、それはあなたの脳が正常に、そして活発に「連想」という作業を行っている証拠です。
あなたの記憶は本当に真実でしょうか?時々立ち止まって、その記憶の「出どころ」を考えてみるのは、とても興味深い自己探求になるはずです。
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