先月のドイツのジャーマンウイングスの墜落事故は、副操縦士が意図的に行った、いわば自殺行為だといいます。宗教的・政治的なテロリズムではなく、個人が多くの人々を巻き込んで自殺したことは非常にショッキングな事件でした。

太刀川弘和「自殺予防とメディア-ウェルテル効果とパパゲーノ効果」、精神科治療学 30(3) ; 369-374, 2015


では自殺とメディア報道について、ウェルテル効果とパパゲーノ効果という二つの現象が紹介されていました。

ウェルテル効果、パパゲーノ効果とは何でしょうか?


ウェルテル効果


ウェルテル効果(Werther effect)とは、有名人や新奇な方法による自殺事件がメディアで報じられた後、似たような自殺が生じるという現象です。

ゲーテの『若きウェルテルの悩み』がベストセラーになった後、失恋した若者が自殺を図る事例が増えたことに由来しています。ウェルテルと同じ方法で自殺をする人が続いたため、いくつかの国で発禁処分となったのです。

ウェルテルの自殺は、「褐色の長靴と黄色のベスト、青色のジャケット」を着て、ピストルを使うという方法でした。

フィリップスという社会学者が、1974年から1967年までのアメリカの自殺統計を、ニューヨークタイムズの一面に掲載された自殺と比較して、報道が自殺率に影響することを証明しました。

フィリップスの調査では、
  1. 自殺率は報道の後に上がり、その前には上がっていない。
  2. 自殺が大きく報道されればされるほど自殺率が上がる。
  3. 自殺の記事が手に入りやすい地域ほど自殺率が上がる。
といったことが明らかにされています。

日本でも、アイドル歌手の岡田有希子やX JAPANのhideの自殺の後、ファンの後追い自殺が数多く起こりました。

少しふるい事例では、太宰治の入水自殺のときにも、後追いで死んだ人が何人もいたそうです。

パパゲーノ効果

ウェルテル効果とは逆の現象は「パパゲーノ効果(Papageno effect)」と呼ばれています。

報道の中でしっかりと自殺予防をしていくことで、自殺を防ぐ可能性も高まるといったことを表す言葉です。

また、自殺念慮を持った人が危機を乗り越えた、といった内容の報道も自殺予防効果があるのです。

パパゲーノとは、モーツァルトの『魔笛』に登場する人物です。愛する女性を失ったことに悲観して自殺しようとしたが、3人の童子の助けで思いとどまったというエピソードがあります。

関連するところを抜き書きしてみます。
この木の飾りとなってやれ、
ぼくはこの場で首をくくる。
だって、ぼくの人生、不幸だらけ。
おやすみなさい、暗いこの世!
ぼくに意地悪したこの世・・・
カワイ子ちゃんと結び付けてくれなかったけど、
それも終わりさ、ぼくは死ぬ・・・
女の子たち、ぼくを思ってよ。
万が一、一人でも、
首くくるこのぼくを哀れと思えば、
今度ばかりは中止するけど!
オペラ対訳プロジェクトより

パパゲーノさんはわりと軽い感じの人のようで、オペラの台詞を読むと「誰か止めてよ」と言っているようにも読めますね。

死ぬと言っててもどうせ本気じゃないだろう、というニュアンスがありそうで、自殺予防にパパゲーノの名前を冠するのがはたしてほんとうに適切なのだろうかという疑問がなくもないです。

WHOによる自殺報道に関するガイドライン

自殺予防メディア関係者のための手引き(日本語版第2版) [pdf]
には、次のように記載されているます。

何をするべきか

・事実の公表に際しては、保健専門家と密接に連動すること。
・自殺は「既遂」と言及すること。「成功」とは言わない。
・直接関係のあるデータのみ取り上げ、それを第1面ではなく中ほどのページの
中でとりあげること。
・自殺以外の問題解決のための選択肢を強調すること。
・支援組織の連絡先や地域の社会資源について情報提供をすること。
・危険を示す指標と警告信号を公表すること。

してはいけないこと

・写真や遺書を公表しないこと。
・使われた自殺手段の特異的で詳細な部分については報道をしないこと。
・自殺に単純な理由を付与しないこと。
・自殺を美化したり、扇情的に取り上げたりしないこと。
・宗教的、あるいは文化的な固定観念をステレオタイプに用いないこと。
・責任の所在を割り付けたりしないこと。 
最後の、「責任の所在を割り付けたりしないこと」というのはよく分からないですが、「自殺を責めない」ということだと思われます。