朝日新聞で読んだ記事。

被災地、タクシーに乗る幽霊 東北学院大生が卒論に|朝日新聞

東北学院大学の社会学を専攻している大学生たちが、宮城県の石巻市でタクシー運転手たちに震災後の霊的体験についてインタビューしたのだそうです。


たとえばこんな話。
震災後の初夏。季節外れのコート姿の女性が、石巻駅近くで乗り込み「南浜まで」と告げた。「あそこはほとんど更地ですが構いませんか」と尋ねると、「私は死んだのですか」と震える声で答えた。驚いて後部座席に目を向けると、誰も座っていなかった。
他にも、葬儀社の社員や子供を亡くした母親などに聞き取りを行なったそうで、論文をまとめた『呼び覚まされる 霊性の震災学 』という本が1月20日に新曜社から出版されるとのこと。


東北学院大のサイトに本の詳細が書かれていました。

金菱清ゼミナール編『呼び覚まされる霊性の震災学──3・11生と死のはざまで』新曜社 1月20日 発売予定
第1章:死者たちが通う街:タクシードライバーの幽霊現象
第2章:生ける死者の記憶を抱く:追悼/教訓を侵犯する慰霊碑
第3章:震災遺構の「当事者性」を越えて:20年間の県有化の意義
第4章:埋め墓/詣り墓を架橋する:両墓制が導く墓守りたちの追慕
第5章:共感の反作用:被災者の社会的孤立と平等の死
第6章:672ご遺体の掘り起し:葬儀業者の感情管理と関係性
第7章:津波のデッドラインに飛び込む:消防団の合理的選択
第8章:原発避難区域で殺生し続ける:猟友会のマイナー・サブシステンス
石巻には何度か訪れて、タクシーの運転手さんにもいろいろな話を聞きました。いずれこの本も読んでみようと思います。

しばらく前に、詐病の見破り方、「幽霊が見える」のが本当かどうかどうやって判定するの? という記事を書いたけれど、石巻の幽霊はもちろん詐病といった文脈で説明されるものではなく、大きな喪失や、生と死の境界の混乱になんとか折り合いをつけようとするなかで生まれてくる物語なのだと想います。

追記(2016/2/11)
被災地の「幽霊」卒論が問う慰霊の在り方
という記事がYahooニュースに配信されていました。
「当事者のあいだでも、生と死はきれいにわかれていない。遺体が見つからないため、死への実感がわかず、わりきれない思いを持っている人の気持ちとどう向き合うのか。幽霊現象から問われているのは慰霊の問題であり、置き去りにされた人々の感情の問題なのです」
あいまいな喪失とトラウマからの回復:家族とコミュニティのレジリエンス』という本を読まなきゃと思っていたのでした。




【追記 2016/9/7】
東日本大震災 津波で亡くなった子供の幽霊が自宅跡地に戻ってきてくれた…遺族の心を癒す「震災怪談」産経新聞 9月5日(月)10時30分配信

という記事を読んだ。

は仙台市の「荒蝦夷(あらえみし)」という出版社が、震災怪談集「渚にて あの日からの〈みちのく怪談〉」を出版したという記事です。

「震災怪談は泣ける話ではなく、リアルな死が背景にある。5年たってまだ語れない人も立ち直れない人もいる。怪談が表現のツールになれば」

「怪談は死者の話を生きている人が書いて生きている人が読む。亡くなった人の物語を生者が言葉にし、語り、共有することで鎮魂や供養になっている」

「自分の身内が流されて5年たって落ち着いたとはいえない。津波で亡くなった、新聞に名前が載った、で終わりじゃない。その人が生きていた証しを拾い上げて残す。誰にも訪れる『死』を突き詰めたのが怪談だ」