【最新研究】トラウマと統合失調症——その関係と治療の最前線とは?|EMDR・CBT・AVATARの効果に迫る
はじめに:「トラウマ」と「統合失調症」は別物ではない?
「トラウマを抱えた人が幻覚や妄想を経験するのは、偶然ではない」
もしそう言われたら、あなたはどう思いますか? 精神疾患といえば、かつては脳の“遺伝的な不具合”と捉えられていました。しかし近年、心理学と神経科学の進展により、「トラウマ(心的外傷)」が統合失調症などの精神病(psychosis)に深く関わっているという視点が注目されています。
イギリスのAmy Hardyらによる論文「Trauma therapies for psychosis: A state‐of‐the‐art review」(2023)は、まさにこのテーマを掘り下げたレビューです。本記事では、その内容を紹介しながら、「幻覚」「妄想」などの症状に苦しむ人々への新しいアプローチについて解説していきます。
トラウマは精神病の“引き金”になり得る?
研究はこう述べています:
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子ども時代の虐待やいじめなどの「対人関係トラウマ」が、統合失調症の発症や重症度と相関する。
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PTSD(心的外傷後ストレス障害)やその他のトラウマ関連障害は、精神病を抱える人において一般人口よりも高い頻度で見られる。
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一部の人にとっては、統合失調症そのものの症状(幻覚、入院体験など)がトラウマ体験になる。
こうした知見を踏まえ、心理療法の分野では「トラウマに基づいた統合失調症ケア(trauma-informed psychosis care)」が急速に広まりつつあります。
【注目療法1】EMDR for Psychosis(EMDRp)
EMDRとは?
「EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)」は、元々PTSD治療に特化した心理療法です。患者がトラウマ記憶を思い出しながら左右に目を動かすことで、記憶の“再処理”を促す手法です。
統合失調症への応用:EMDRp
近年では、EMDRを精神病に適用した「EMDRp(EMDR for psychosis)」の試みが始まっています。以下の3つの方法で実施されます:
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直接法:幻覚や妄想が始まった当時の記憶にアプローチ。
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間接法:幻覚や妄想の背景にあるコアビリーフ(例:「自分は無価値」)を扱う。
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フラッシュフォワード法:未来に対する恐怖や空想的イメージを対象にする。
これらは、「幻覚や妄想もトラウマ由来の記憶が引き起こしている可能性がある」という仮説に基づいています。
【注目療法2】tf-CBTp(トラウマフォーカスト認知行動療法)
CBT(認知行動療法)は、統合失調症の陰性症状や妄想へのアプローチとして確立されていますが、そこにトラウマへの焦点を加えたのが**tf-CBTp(trauma-focused CBT for psychosis)**です。
STARプロトコルの4つのフェーズ:
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評価と目標設定
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共有された理解と仮説の構築(フォーミュレーション)
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介入:感情調整・行動活性化・トラウマ記憶への働きかけ(例:イメージ再構成)
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統合と再発防止
このアプローチでは、統合失調症の症状とトラウマが相互に作用する「悪循環」に注目し、そのループを断ち切ることを目指します。
【注目療法3】Talking with Voices(TwV)
幻聴と“対話”する
TwVは、声を「排除するべき病的なもの」ではなく、「その人の内面に由来する意味のあるメッセージ」と捉えます。セラピストが“声”と対話し、その内容をクライアントが伝えるという独特なプロセスを通じて、声の意味や機能を理解しようとします。
この方法は、「被害妄想の背後には過去の被害体験がある」という考えに基づき、声とより良い関係を築くことで、症状軽減を促します。
【注目療法4】AVATARセラピー
TwVをベースにしつつ、最新技術を活用したのがAVATARセラピーです。
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クライアントの幻聴を“アバター”として可視化・音声化。
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セラピストがそのアバターを操作し、クライアントと対話を行う。
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初期フェーズではアサーション(主張)訓練、中期にはトラウマとの再接続と“意味づけの書き換え”を行います。
VRなどを活用した新しいセラピーとして、臨床試験が進行中です。
課題と展望:現場に届くのか?
安全性と副作用の懸念
「トラウマ記憶を掘り返すことで、逆に状態が悪化しないか?」という懸念は根強くあります。実際、EMDRやPE(持続的暴露療法)では一時的な症状悪化が報告されています。
しかし、現行のRCTでは統合失調症の症状が悪化することなく、安全に実施できるという知見が増えています。むしろ、「適切な準備(=安定化)」を伴えば、より深い回復が可能だという報告も。
実装の難しさ
こうしたトラウマ療法を実際に現場に導入するには、以下の課題が挙げられます。
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十分な訓練を受けたセラピストの不足
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安定した支援ネットワークの必要性
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個別性の高いプロトコルゆえの運用の難しさ
それでも、「複雑性PTSD」や「トラウマ関連妄想」を適切にケアできる数少ない選択肢として、今後さらに広がっていくと見られます。
まとめ:精神病治療における“新しい扉”
精神病を「脳の病気」とだけ見る時代は終わりつつあります。
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幼少期のトラウマが幻覚や妄想に影響する
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PTSDと統合失調症の“重なり”が明らかになってきた
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EMDRやCBT、対話療法、アバター療法など多彩な治療が登場
これらの療法は、幻覚や妄想を“意味のある経験”として捉えなおす視点を与えてくれます。そして、何より大切なのは、当事者が「自分を取り戻す」こと。
精神疾患に苦しむ人が、過去の傷と和解し、未来に向かって歩き出せる——そんな支援のあり方が、今まさに再構築されようとしています。
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