はじめに:恋の始まりに科学が迫る時代

「なぜ、あの人が好きなんだろう?」——そんな疑問を抱いたことはありませんか?

一目惚れ、強い執着、忘れられない人……私たちは恋をするとき、しばしば「理屈では説明できない何か」に突き動かされます。けれど今、心理学と脳科学がその“謎”に迫りつつあります。

本記事では、京都大学の上田竜平氏による解説論文「我々はどのようにして『恋人』を選ぶか?」(『認知科学』第31巻第4号, 2024年)をもとに、恋愛パートナー選択に関する最前線の研究をわかりやすく紹介します。


恋愛感情は「脳のご褒美システム」が関係している?

恋愛初期の「熱愛状態(passionate love)」は、単なる気の迷いではありません。

キーワードは“報酬系”

  • fMRIによる脳画像研究では、恋人の顔を見ると「尾状核(caudate)」や「腹側被蓋野(VTA)」が活性化することが分かっています。

  • これらは“報酬系”と呼ばれる、快楽やモチベーションに関わる脳領域です。

これはつまり、「恋をすると脳が“報酬”を感じている」状態だということ。ドーパミンが分泌され、まるで依存症のように相手を求める状態になるのです。


動物の「つがい脳」にヒントがあった

面白いのは、恋愛感情の研究がヒトだけでなく「プレーリーハタネズミ」という動物でも行われてきた点です。

このネズミは一夫一妻制で、一度パートナーを得ると長く関係を維持します。研究によると、

  • D2型ドーパミン受容体が活性化 → パートナー選択を促す

  • D1型受容体が活性化 → 他の相手への興味を抑える

このシステムが「この人しかいない」と思わせる脳内スイッチなのです。


「恋のフィルター」は顔の魅力から始まる?

「顔が好みだから好きになったのか?」「好きだから顔がよく見えるのか?」この永遠のテーマにも科学が答えを出し始めています。

魅力的な顔 → 脳の報酬系が反応

実験では、好みの異性の顔を見ると「側坐核(NAcc)」や「眼窩前頭皮質(OFC)」が活性化。特にNAccは“即時の直感的な反応”を司る一方、OFCは“じっくりした価値判断”に関係しているとされています。

つまり、顔の魅力は“無意識に”私たちの恋愛レーダーを動かしているのです。


特別な相手は「脳内にラベル付けされている」!?

さらに、恋人への愛情は“脳内表象”として特別に刻まれている可能性があります。

上田氏らの研究によれば、被験者にとっての恋人の顔を見ると、それ以外の魅力的な異性の顔とは異なる特異的な脳活動パターンが側坐核に現れました。これはまさに「脳内にパートナー専用フォルダが作られている」ような状態です。

この発見は、単なる“好み”や“顔立ち”を超えて、「恋人だからこそ反応する脳」が存在することを示唆しています。


恋愛は“好かれているか”で変わる

私たちは、ただ相手が魅力的だから好きになるわけではありません。実は「相手に好かれているかどうか」が恋愛感情を左右する強力な要素だとされています。

この“好意の返報性”は、「断られるかも」という不安と密接に関係しています。相手に好かれていると思えば、自分も好意を持ちやすくなる——これは恋愛心理学の重要な法則です。

fMRI研究では、相手から好意を寄せられたと知ったとき、腹外側前頭前皮質上側頭溝といった“他者の意図を読む”脳領域が活性化することもわかっています。


恋の駆け引きは“脳の読み合い”だった!

恋愛には「競争」もあります。魅力的な相手をめぐる同性間競合では、私たちの選択行動や価値判断に変化が起きることも。

  • 競争が激しいと、「あえて二番手を選ぶ」戦略がとられる

  • 自分が選んだ相手の魅力を“高く見積もる”認知バイアスも起こる

これもまた、私たちの“脳”が他者との関係性や社会状況を分析しながら恋愛判断をしている証拠なのです。


ヒトの恋愛には「高次認知」が関わっている

上田論文では、Feldman(2017)の「愛着の神経ネットワークモデル」を引用し、恋愛関係が以下3つのネットワークの統合で成り立っていることを示しています。

  1. 報酬ネットワーク:相手を求める動機づけ

  2. 体現的シミュレーション:相手の気持ちを身体的に感じ取る

  3. メンタライジング:相手の意図や心を推測する

この3層構造が、私たちが誰かを「恋人」と認識し、特別な存在として扱う基盤になっているのです。


まとめ:恋は脳で起こっている。でも心も動いている

「なぜあの人を好きになったのか?」という問いに、脳科学はかなり明確なヒントをくれました。しかしそれでも、“恋”という体験は複雑で、シンプルな答えには還元できません。

  • 顔の魅力はスタート地点

  • 脳の報酬系が熱愛を駆動する

  • 相手の意図を読み、関係性を築く

  • 特定の相手に“選好”が固定される

これらすべてが絡み合って、私たちの「恋人選び」は成り立っているのです。


我々はどのようにして 「恋人」 を選ぶか? 恋愛パートナー選択の心理学・神経科学研究の歩みと展望

上田竜平 - 認知科学, 2024 - jstage.jst.go.jp