やっほーひさしブリ
今年のノーベル生理学・医学賞は、光遺伝学(オプトジェネティクス)に贈られました。受賞したのは、カール・ダイセロス、ペーター・ヘーゲマン、ゲオルク・ナーゲルの3氏です。
見出しだけ読むと、ちょっと怖い話に聞こえます。「脳を光で操作する」。SF映画の悪役が言いそうなセリフです。でも中身を知ると、むしろ地味で、かなり面白い。
藻の光センサーが、脳の研究道具になった
出発点は、光に向かって泳ぐ単細胞の藻でした。この藻は光を感じるタンパク質を持っています。ヘーゲマンさんとナーゲルさんがその正体を突き止め、2003年には、ヒトやハムスターの細胞に入れると光で電気パルスを起こせることを発表しました。
次に出てくるのが、精神医学の教授でもあるダイセロスさんです。2005年にラットの神経細胞でこの方法を実証し、翌年に「光遺伝学」という名前がつきました。遺伝子の力で、狙った神経細胞だけに光センサーを仕込む。そこへ光を当てると、その細胞だけがオンになったり、オフになったりする。委員会の説明を借りれば、生きた脳の中で、個々の神経細胞の活動を切り替えられるようになったわけです。
何がそんなに画期的なのか
これまでの脳研究は、電極で刺激するか、薬を使うか、脳が働いているところを外から眺めるかでした。電極は近くの細胞をまとめて刺激してしまいます。眺める方法だと「この細胞が同時に活動していた」ことまでは分かっても、それが原因だったのかは言い切れません。
光遺伝学は、「この細胞を光らせたら行動が変わった」と、原因の側から確かめられます。委員会は、記憶や感情や行動を神経細胞がどう形づくるのかを、生きた脳で調べる手段になったと評価しています。マウスに「なかった出来事」の記憶を植えつける実験が報告されたのも、この技術のおかげです。
近づいた感じと、まだ遠い感じが両方ある
近づいた感じのほうから。ネズミの特定の神経を光らせたら行動が変わる。ここまで見せられると、「気持ちの問題」と「脳の問題」をきれいに分けて話すのは、もう難しいです。
一方で、遠い感じも消えません。光を当てればネズミは動きます。でも「つらい」という感じがどこから来るのか、その人にとってその出来事がどんな意味を持つのかは、光では見えない。カウンセリングの部屋で扱うのは、たいていそちらです。回路が分かることと、その人の苦しみが分かることの間には、まだ大きな距離があります。
治療への期待にも、少し慎重でいたいところです。委員会側の話では、網膜の病気で視覚の一部を取り戻す試みや、うつ病、アルツハイマー病、痛みの仕組みの研究に使われているそうです。ただ、光遺伝学は今のところ研究のための技術で、脳の病気の治療法として確立したものではありません。「うつ病が光で治る時代へ」という見出しを見かけたら、いったん深呼吸したほうがいいです。
タイトルの問いに、今の時点で答えるなら。心の語り方そのものは、あまり変わらないと思っています。変わるのは、「脳のせいか、心のせいか」という二択の古い問いが、出番を失っていくことのほうです。回路の話も物語の話も、同じひとりの人間の別の面として並べて語る。そんな両方使いが、ふつうになっていくんじゃないでしょうか。
光でスイッチが切り替わる神経があるとして、気分って、どこまで自分のものだと思いますか。
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