株価が急騰した後、私たちは二つの矛盾した感情に引き裂かれます。 「これだけ上がったのだから、次は下がるはずだ」という直感。 それとは逆に、「これほど強いトレンドなのだから、まだ続くはずだ」という過信。
心理学では、これらをギャンブラーの誤謬(Gambler's Fallacy)と保守性バイアス(Conservatism Bias)と呼びます。本記事では、この二つのバイアスがどのように投資判断を狂わせ、私たちを「根拠のない逆張り」や「遅すぎる損切り」へと誘うのかを解説します。
1. ギャンブラーの誤謬:存在しない「ゆり戻し」を期待する心理
ギャンブラーの誤謬とは、ある事象が頻繁に発生した場合、次はそれが発生しにくくなると主観的に信じ込んでしまう現象です。
確率の独立性という落とし穴
1971年にトベルスキーとカーネマンが発表した「小数の法則」という研究が、このバイアスの本質を突いています。
研究の知見:人間は、コイン投げのような独立した確率事象においても、短いスパンで「平均」に回帰することを期待してしまいます。
投資への応用:SOXLが5日間で33%上昇したとき、多くの投資家は「もう十分上がった。確率は50対50なのだから、明日は陰線が出る確率が高まっているはずだ」と根拠なく判断します。しかし、市場のトレンドはコイン投げとは異なり、独立事象ではありません。この「存在しない平均への回帰」を信じることが、早すぎる利確や、無謀な空売りを招くのです。
2. 保守性バイアス:新しい情報を拒絶する脳のブレーキ
一方で、ギャンブラーの誤謬とは真逆の動きを見せるのが、保守性バイアスです。これは、新しい情報が入ってきた際、自分の持っていた既存の信念(メンタルモデル)を更新する速度が遅すぎる現象を指します。
ベイズ推定の遅延
心理学者ウォード・エドワーズ(Ward Edwards)が1968年に示した研究では、人間は新しい証拠に出会った際、論理的に導き出される確率の変化よりも、控えめにしか自分の信念を修正しないことが分かりました。
投資への応用:例えば「AI革命による半導体需要の爆発」という決定的な新情報が出たとしても、脳は「過去10年の半導体サイクルの記憶」に固執します。その結果、トレンドの初期段階で「これは一時的な流行だ」と軽視し、絶好の買い場を逃してしまいます。変化が起きているという事実を、脳が受け入れるまでにタイムラグが生じるのです。
3. 相場における「二重拘束」のメカニズム
現在のSOXLのテクニカルデータ(移動平均線は買いだが、オシレーターは中立)は、まさにこの二つのバイアスの葛藤を可視化しています。
ギャンブラーの誤謬の罠:過熱感を見て「そろそろ下がるはずだ」と予測し、上昇トレンドの途中で利益を捨ててしまう。
保守性バイアスの罠:明らかな下落トレンド(変化)が始まっても、「この株は強いはずだ」という過去の信念に固執し、損切りが遅れる。
この二つは、私たちが新しい情報の重み付けを適切に行えない「確率判断の欠如」という根底で繋がっています。
4. 臨床心理学的アプローチ:バイアスの罠を無効化する技術
これら二つの罠から抜け出し、投資の生存率を高めるためのステップを提案します。
確率の独立性と継続性を分ける 相場には「トレンド(慣性)」が存在することを認めつつ、日々の値動きに因果関係を求めすぎないこと。昨日の陽線が今日の陰線の確率を上げるわけではない、という数学的冷静さを取り戻します。
ベースレート・アップデートの習慣化 常に「もし、今日初めてこの銘柄のチャートを見たとしたら、どう判断するか?」と自分に問いかけます。過去の取得単価や過去のトレンドの記憶を一度リセットし、今、目の前にある事実(新情報)だけをベイズ推定的に重み付けする訓練です。
感情をトリガーにしない仕組み作り 「上がりすぎだ」と感じるのはギャンブラーの誤謬であり、「まだ大丈夫だ」としがみつくのは保守性バイアスです。自分の感情が揺れ動いたときこそ、あらかじめ設定した逆指値や利確ラインという外部装置に意思決定を委ねるべきです。
結論:変化を正しく受け入れる勇気
ギャンブラーの誤謬は「変化を期待しすぎること」であり、保守性バイアスは「変化を認めなさすぎること」です。皮肉なことに、私たちはこの両方のミスを同時に犯しながら、一億という目標から遠ざかっています。
投資とは、自分の脳が起こすエラーとの終わりなき戦いです。 鏡を見るように自分のバイアスを観察し、事実を事実として受け入れる。それこそが、荒波のマーケットで生き残るための、最も洗練された航海術なのです。
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